沿革
昭和32年 4月 | 創 業 日本鉱業株式会社の製造する硫酸を、東海村の燃料公社に納入の為に竹内虔太郎が創業。 硫酸の販売の他に金属用電解脱脂剤の研究に成功。 これを期に、川崎製鉄千葉製鉄所構内に工場を設立。 |
---|---|
昭和37年 9月 | 商事部門と致しましては、(株)巴川製紙所と代理店契約を結び、さん孔紙テープ・受信紙等電算機用品の販売をスタート。 |
昭和42年 8月 | 設 立 商事部門と製造部門を分離し、それぞれを独立の会社とし、 商事部門を日廣産業株式会社として設立。 初代の代表取締役社長に竹内虔太郎が就任。 |
昭和42年 8月 | 共同石油(株)、タツタ電線(株)、三菱電線工業(株)との代理店契約を結ぶ。 |
昭和51年12月 | 茨木博が第二代代表取締役社長に就任。 |
昭和52年 7月 | 日立マクセル製品の記録メディア販売スタートをする。 |
平成 6年 6月 | 茨木博が代表取締役会長に就任。 三田村隆一が第三代代表取締役社長に就任 |
平成 8年 4月 | キヤノン販売(株)の代理店契約を結んだ事により各種トナーを扱い始め、本格的にトナーカートリッジ事業をスタート。 |
平成12年 4月 | 記録メディア、トナーカートリッジの販売強化の為、新木場に自社倉庫を設立。 オンラインでデータを送信し、各種配送業者を駆使し、物流システムを構築。 トナーカートリッジ販売事業の拡大と共に、新木場に第二物流センターを設立。 CD、DVD、各種データカートリッジとは他に、SDカードの販売もスタート。 |
平成17年 4月 | 新木場にて第一、第二と複数の物流センターで運用していたが効率を上げる為、新木場を閉鎖し、葛西に新物流センターを設立。 |
平成22年 6月 | 溝江徹也が第四代代表取締役社長に就任。 |
平成22年 9月 | エリーパワー(株)と代理店契約を結び、大型リチウムイオン蓄電池の販売を開始。 |
平成27年 3月 | 溝江真一郎が第五代代表取締役社長に就任。 |
平成28年 6月 | 本社を千代田区内神田1-10-1に移転。 |
平成29年 1月 | 大阪営業所設立。 |
平成30年 1月 | 大阪営業所移転。 大阪府大阪市西区新町一丁目3番地12号 四ツ橋セントラルビル9階 907号室 |
令和 3年 1月 | 100%子会社の株式会社エムティーシーを吸収合併。 株式会社エムティーシーの事業は「エムティーシー事業部」として継続 |